あなたは「助けて」と言えるでしょうか –渋谷バス停ホームレス女性殺人事件より

20210501の記事アイキャッチ 貧困

昨年11月にバス停でホームレスの女性が殴り殺された事件を取り巻く状況を取材した記事を読みました。

ひとり、都会のバス停で~彼女の死が問いかけるもの|NHK
【NHK事件記者取材note】微笑みかける写真の女性。当時は70年代、劇団に所属し希望に満ちた日々を過ごしていたという。しかし去年11月、都内のバス停で男に殴られ死亡した。所持金は8円。彼女の人生にいったい何があったのか。

本当に痛ましい事件で、被害者の女性はキャリーケースを傍らにおいて、バス停のベンチで夜を明かしていたときに、暴漢に襲われて殺されてしまったとのこと…

女性ですから、人目のまったくない暗がりで夜を明かすのは、防犯上怖かったのかもしれません。

逆に人目について通行人に嫌がられることにも気を使われていたようで、夜中に身体を休めるときにのみ犯行現場となってしまったバス停のベンチを使用していたみたいです。

事件から5日後。近所に住む46歳の男が交番に出頭し、傷害致死の疑いで逮捕された。殴った袋には、石とペットボトルが入っていたことが分かった。

実家の酒店を手伝い、ふだんから深夜に周辺を散歩していたという男。
当時、調べに対し「邪魔だった。痛い思いをさせればいなくなると思った」と供述していたという。

逮捕された男のこの身勝手な理由には怒りをおぼえますが、この女性がなぜこのような状況に追い込まれてしまったのかという記事の観点が、現代日本の社会がかかえる問題を問いかけていますので、ぜひ記事をご一読いただきたいです。

 

持っていたのは、着替えが入ったキャリーケースとウエストポーチ。
ウエストポーチの中には、5円玉1枚と1円玉3枚のほか、表に樹木の絵が描かれたメッセージカードと、携帯電話が入っていた。

カードに書かれていたのは、弟の健二さんや、母親がいる施設の連絡先だった。
携帯電話は、亡くなる8か月前の去年3月で契約が切れていたという。

大林さんは、最後まで周囲に助けを求めることはなかった。

被害女性は住む場所がなくなって所持金が8円になっても、家族にすら助けを求められなかった…

助けを求められる人にも生活があり、裕福で余裕のある人ばかりではないでしょう。また自分のそういった状況を知られたくない気持ちがあったかもしれません。

そんな状況を想像すれば、家族に対してですら「助けて」と言えなかった彼女の気持ちが、自分には分かる気がします。

そして彼女のような状況に追い込まれる可能性は、コロナ禍で様々な経済活動に影響が出ている現在、誰にだってあるわけです。

にもかかわらず、この記事からみえるのは、彼女に手を差し伸べるものもなく、自ら助けを求めることもできない、そんな冷たい社会像でした。

ベンチは、奥行き20センチ、幅90センチほど。遠目では気がつかないほどの小ささだった。中央にはひじ掛けがあり、寝そべることもできない。

彼女が最期に身体を休めていた場所にあった、この「ひじ掛け」は日本社会の冷たさを象徴していると思います。

ホームレスという状況は、誰もが陥る可能性のある状況なのにも関わらず、日本社会は手を差し伸べるどころか、ベンチに身体を横たえることさえも許さない。

このような声を挙げられない人たちを助けるためには、積極的に助ける側が声をかけていく必要があります。個々人でもできることはありますが、どうやっても限界がありますので、本来この役割は行政が担うべきものです。(現状ではこういった役割の大部分を、NPOなどの民間団体が担っっています)

オリンピックだとか、リニアだとか、余剰なものに税金をじゃぶじゃぶ使うのではなく、こういった社会のかかえる喫緊の問題にこそ、全力を注いでいって欲しいと切に思います。

 

※ 上記の引用はすべて「なぜ彼女が… ホームレスの死が問いかけるもの(NHK NEWS WEB)

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